雑魚が語りました

さて

SNSでとあるアーティストの人が

誰にも必要としてもらえないなら

作った曲もゴミだから頑張る

みたいなことを言ってるポストが

流れてきまして

人それぞれ考え方あるので

全然いいんですけど

僕はあんまり

そういうスタンスではやりたくはない

ってちょっと思いましたね

というのも逆にいえば

誰かに必要としてもらうためにやってる

ってことですもんね

自分はそこを目標目的にしたくない

いや、なってしまうのも分かるんですけど

しないようにしたい

っていうのがしっくりくる言い回しですかね

まあそれも私が

職業ミュージシャンを目指していないし

なれるとも思っていないところにいる

っていうのがあると思いますけど

確かに商売として考えて

商品を出して

それが誰にも必要とされてないなら

ゴミ

なのかもしれません

でもなんかそれとは違う感覚でやりたい

と最近は思ってるんですよね

自分自身でめっちゃいい!

って思えるところを目標に設定したいというか

自己探究を重要視したいんです

みたいなことをchatGPTに言ってみたら

わかります

ゴッホのように死後評価された例もあります

今の評価が全てとは限りませんもんね

という返答が返ってきて

それもなんかズレてる気もしましたが

今の評価が全てじゃない論で出てくるのは

大体ゴッホですけど

そもそもどうやって死後評価されて行ったのか

って思ったら

弟と妻が死後もなおその絵を広め続けた

とあるんですよね

つまり弟と妻は生前からゴッホの絵を

最高にいいと思っていて

大大大大ファンだったわけです

世間には評価されてないですけど

それだけの大大大大ファンがいる

っていうのは死後評価される重要なポイントですよね

たまに誰も俺の作品を理解してくれない

でも死後評価されるゴッホのようなアーティストもいる

だから今の評価が全てとは限らないんだぜ

みたいにいう人いますけど

まあ、いないですけど

いないんかい

そんな言葉をどこかで聞いたような気がします

だからいる前提で言いますけど

その人も大大大大ファンがいなければ

死後評価もないわけで

めちゃめちゃ近しい人にそれだけの評価がされてないなら

ちょっとその道も厳しいかもしれませんね

もちろん私にも大大大大ファンはいないので

死後評価の可能性は今のところ0%のようです

とかなんか言いたかったことと

ズレてしまったような気もしますけど

評価は重要な結果ではあるが

評価を目的にはしたくない

というパラドックスのような気持ちがある

それを記したかった次第ですかね

語るね〜

すみません、雑魚が語りました

以上

雑魚が語りましたでした

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